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曖昧な「グレー」

そういえば、このコラムで、あまり語られることのなかった「グレー/灰色」。

オーラライト・カラーセラピーでは、ガラスボトルに液体が入った透過色だから、「グレー」の色はないし、クーピー色鉛筆を使うキュービック・カラーセラピーでも、厳選された10色の中に「グレー」はない。

色彩心理における色が示す意味合いを解釈していく上で、確かに“絶対必要”という色ではないなあ。

でも、「グレー」って、結構面白い色だと思うな。

私が最初に、色彩心理を学ぶ上で「グレー」を加えたのは、確か、福祉系の専門学校のカリキュラムに入れたのが初めてと思う。

「カラーセラピー」の選択科目の授業で、講師の裁量で自由にカリキュラムが組めたので、入れることが出来た。

さて、「グレー」だが、心理の意味合いを考察するなら、この色がどういう色かを考えるところから始まる。

まず、「無彩色である」ということ。同じ無彩色の「白」と「黒」の仲間、ということになるが、それらとの違いを明らかにしていく。

それと、プライマリー・アソシエーションについても考えてみよう。

そうすると、「グレー」は、重たく垂れ込めた雨雲のグレー、火事などの際の煙、焼け跡の灰の色、クレイ(粘土)の色…。

無彩色である「グレー」は、「白」と「黒」の間にある。この「白」と「黒」のほうが“個性”が際立っている。「白」も「黒」も色彩学の理論上は、明度の数値で表した時、10と0の一点しかないが、「グレー」は、その間を埋めるものである。

それは、「白」と「黒」が、その“個性”においてゆるぎないものであるのに対し、「グレー」は、その点が曖昧になる。

物事のけりをつける、「白黒はっきりさせる」という言葉から外れた「グレー」は、白とも黒ともはっきりさせられない、まさしく“グレーゾーン”であり、“グレーゾーン”に留まっていたい願望も垣間見える。

自分の意見をはっきりとさせたくない。そもそも意見があったのかどうかさえ、曖昧である。

白か黒か、自分の答えをはっきりさせてしまったら、それに伴う責任が生じる。その責任を回避したいきらいもある。シビアな場面が苦手だ。

また、「煙に巻く」という言葉があるが、煙色の「グレー」は、うまくごまかすことに腐心する。

それから、燃え尽きた後の灰の色である「グレー」は、何もかも灰になった、虚しさも感じる色である。

曖昧で、無責任で、不安や虚しさを抱えた「グレー」…。

こう言ってしまうと実もふたもないが、その色が存在するということは、私たちが生きていく中で、感じることが有り得る心情の一つである、ということだ。

ところで、この「グレー」という色は、日本の歴史において、江戸時代に非常に流行した色でもある。

この曖昧で、自分の意志をはっきりさせられない、謙虚そうな色が日本人に好まれたというのは、日本人の気質を示しているようにも思えるね。

| 色の小話 | 23:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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