…の力

朝の連続ドラマ、見ています?

今日、介護士と保育士の友人たちと話した話題です。

御歳88才のファッションデザイナーの糸子さんが、病院でファッションショーを開催することになり、看護師長と話す内容で、「医療にも力がある。服にも力がある。」というのがありました。

人を元気にする力、人の笑顔を引き出す力、そういったもののことを言っているのですが、今日の放送は、ショーが開催されたシーンでした。

モデルは患者さんや看護師さんたち。あつらえた服を着て、生き生きと堂々とキャットウォークを歩いていく。

そして、モデルさんも観客も、笑顔笑顔で大盛況。

介護士の友人は、介護を必要とする高齢者の施設で働いていますが、高齢者が元気を出すのは医療だけではないことを現場で見ており、今日の放送はいたく共感したそうです。

メイクやアロマトリートメントなど、人から施してもらって、高齢者の方の表情がふっと柔らかくなったり、嬉しそうな表情を見せたり、心が喜んでいるのが分かりますよね。

カラーコーディネーターの私たちは、「色の力」を知っていますが、それが万能でないことも知っています。

世の中には、数えきれないほどいろんなヒーリングがあり、それぞれがそれなりの効果をあげています。

自分が関わっているものを、“これしかない”と妄信するのではなく、一つの方法として捉え、他にも可能性を広げてくれるものがあれば、寛容に受け入れていく、そんなスタンスでいたいと思う。

| 心理・五感 | 23:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

「頭」と「心」を使う

最近、ちょっと考えてしまったことがある。

人は、物事を知るためには、「頭」を使ったほうがいいのか、「心」を使ったほうがいいのか。

カウンセリングの場でよく言われる、「受容」と「共感」というのがあるが、クライアントさんの話を聴いていく際に、「頭」で理解しようとするのと、「心」で感じようとするのは、どちらが優先されるのだろう。

答は、どっちも必要なんだろうな。

事柄を把握していくには、やはり「頭」を使って理解していく。

そして、それによって、クライアントさんがどのように感じたのかという部分は、こちらも「心」で感じ取れるといいのだろうな。

だけれど、言語(左脳)を使っている時に、同時に右脳も活性化させているということなんて、人は出来るのだろうか。

私は左脳派なので、“感じたい”時は、感じることに意識を向けないと取りこぼしてしまう時がある。

難しいよね。ましてや、クライアントさんに生じた感情が、自分は体験したことがない事柄によるものであったら、もう、想像力を駆使するしかないよね。

人を理解するって、今さらながら、難しいなあ、と思う。

自分の心の構造ですら、何層にも構築されていて複雑な迷路みたいに感じることがある。

それが他人のこととなると、なおさら分からないわけで、浅くしかすくえない自分の力不足に、情けなさや無力感を感じてしまう。

私って、何だろう。(仕事上の)私の存在の意味はあるのだろうか。

なんてね。おっと、これは、悩みの迷宮に入りかけているぞ。

無理をする必要はないけれど、自分を芯に据え直して、前を見て!今手元にあるものからこなしていく。

結局、一歩一歩、なんだよなあ。

| 心理・五感 | 00:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

本当は自由な感情

「好き&嫌い」という感情を自分に対して、自由にさせていますか?

私たちは、個別の生き物だから、個人個人に「好き&嫌い」という感情があって当然だ。

あるものに対する「好き&嫌い」の意見が、AさんとBさんで食い違って構わない、ということだ。

しかし、私たちの傾向として、「好き=良い」「嫌い=悪い」という判断の仕方をすることもある。

これは、正しいことなのか。

例えば、道徳的に美しいことを好きな人は良い人で、それを嫌う人は悪い人、という判断の下し方をするようなことだ。

これは、人それぞれの価値観の範疇だろう。だから、このような考え方(判断の下し方)をする人も存在するし、存在することが事実なだけで、良いも悪いもない、ということだ。

ということは、その反対の考え方や、その時々で判断が変わる人が存在しても、これも存在の事実だけだ。

でも、カラーセラピーなどのカウンセリングに近いことを行っていると、気持ちが優しい人は、人の判断基準に合わせてしまう人も多数いる。

原点に戻せば、物事に対する「好き&嫌い」は、もともと「良い&悪い」と同じカテゴリーではない。

それに、「好き&嫌い」と「良い&悪い」のそのどちらも、個人個人で自由に感じて良いもののはずだ。

「好き」はともかく、「嫌い」を表明することをためらう人も多い。これは、表明の仕方によっては、誰かを傷つけてしまうこともあるからだろう。

しかし、「嫌い」を表明するかしないかは別にして、「嫌い」と感じている自分の事実は受け入れてよいのだ。

“自由に感じる”という権利は誰にでもある。

しかし、社会に出ると簡単にそうもいかないこともあるだろう。

だから、せめて自分の心の中だけは、自分の感情を自由に遊ばせたいと思う。

| 心理・五感 | 16:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

お客様から教えていただくこと

学生時代、将来の仕事について、人と接する仕事をする意識は全くなかった。

OLの次に就いた職業も、かなり多くの業種や人と接する仕事ではあったが、他人が思うほど、その仕事から“人”のことが学べた訳ではなかった。いわば“人に慣れた”だけだろう。

そして、“人”を理解するためには、まず、自分自身のことが分かっていなければ話にならないが、30を過ぎても、自分の行動パターンが読めてなく、自分の所業に自己嫌悪を感じることはしょっちゅうだった。

生き方が楽になったのは、やっぱり、「カラーセラピー」を学んでからだ。

また、「パーソナルカラー」の知識も様々な面で自分に還元され、大きな価値を生んだ。

この、「カラーセラピー」や「パーソナルカラー」を人に行うようになって、次の学びは“人”を知ることだった。

マンツーマンで、一人ひとりのお客様のニーズを推し量り、応えていくことは、お客様から教えていただくことがいっぱいだ。

そして、この学びは、自分の日常にも活かされる。

公私両方の機会で、様々なコミュニケーションの場面での処し方がわかる。

初対面の方であっても、話していくと、なんとなくは、「ああ、この方は、こういう人だなあ」とパターンのようなものが分かってくる。(全てを理解している訳ではなく、あくまでも私の想像の域です)

この時、私は、その方を色彩心理に出てくる色にたとえて把握したり記憶したりする。

しかし、普通の話をしてみただけでは、なかなかその方のことがよくは分からないこともある。

そんな時は、とりあえずの第一印象でもって、その方を把握をしておくが、後に、好きな色などが分かったら、あらためて推察をすることもある。が、それが自分の第一印象と違うこともよくある。

信じるのは選んでもらった“色”のほう。

第一印象、見た目から感じるイメージが“色”によって覆された時は、ちょっとわくわくする。それは、一気に情報が流れ込んでくるチャンスだからだ。

色は、はるかに饒舌で、様々なことを教えてくれる。これは、その方を理解するヒントを沢山散りばめてもらったような感じだ。

多種多様な一人ひとりの“パーソナリティ”に出会わせて頂いて、本当に大感謝である。

お客様から教えていただいたことは、“感謝の気持ち”と“愛しさ”、だと思う。心からお礼申し上げます。ありがとうございます。

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| 心理・五感 | 10:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

心が折れるとき

先日の朝日新聞に、『「男の鎧」重すぎませんか』、という記事が紹介されていた。 

弱音を吐かない、涙も見せないというような、“男なんだから男らしく!”という、誰が決めたか男性に対する世間の社会通念に、忠実に生きようとする男性たちに、“無理はしなくていいんだよ”と語りかける内容の記事だ。

私は、カラーセラピーやカウンセリングを行っていく中で、日頃から、社会人の男性はとてつもなくストレスを抱えているように思えていた。そして、また、その自分のストレスを避けるのが下手。

責任感の強さや自分の理想の社会人像から生じるものなのかも知れないが、人間(自分)には限界があるということに気が付かなさ過ぎる。

明らかにキャパ超えなのに、何を動機にそんなに頑張る?

こんなふうにキャパ超えの状態になった時には、すでに動機は吹っ飛んでいる。

動機付け(モチベーション)があるうちは、場合によっては、ストレスも「快ストレス」のことがある。

しかし、限界ラインを超えてからは、大好きだった仕事も、もう自分にとってはこなさなければならないモノと化して、負担の一つになっている。

よく聞く言葉が、「もっと頑張れると思った」とか、「限界まで頑張りたい」という台詞。

いやいや、限界まで頑張ったらもうその先はないんですよ。限界になる前に、回避しなきゃ。

それから、男性でも、“よき夫、よき父でありたい”“妻や子どもには弱みは見せられない”と思って、家庭でも気を張り続けている男性がいる。

疲れないはずが無いよね。

男のプライドが一因だけれど、そこのところは、同じ家庭を築く妻として、わかってあげて欲しいところだ。

今の社会の動きは、会社におけるメンタルヘルスを充実させようという気運が、数年前に比べれば多くなっている。

自分の身を案じることは、大切なことだ。

何かの時に相談出来る機関や人を作っておく、家庭内のコミュニケーションを良くしておく、日頃から、小さなストレスを積み重ねない、自分なりの上手なガス抜き法を知っておく、など、出来ることはやっておこうね。

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| 心理・五感 | 17:25 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |

自己肯定感

新聞(朝日新聞7/21付朝刊)で見たけれど、今どきの高校生は、「自己肯定感」が低いらしい。

自分自身を認める、自分は価値がある人間だと思うか?との問いに、「あまりそうではない」「全然そうではない」と答えた高校生が、6割強を占めたそうだ。

思い当たる節がある。

もう、数年前になると思うが、単位制の高校でカラーコーディネートなどの授業を担当したことがある。

制服がある以外はかなり自由な学校で、授業もとてもラフ(生徒たちが)なスタイル(笑)だった。

パーソナルカラーなどは、実際に自分にドレープをあててみたほうが興味を引くので、生徒さんたち全員の診断を、私が一人で行った。

その際、カラーアナリストの目で見ると、その人のすごく魅力的な点がドレーピングを通して見えてくるものだ。

例えば、肌がきれいとか、肌色がすごく素敵とか、また、布をあてたときにぱっと変わる雰囲気とか。

全体の雰囲気でかもし出す魅力も、高校生くらいになるともう大人の女性と変わらないこともある。

私は、そういう感覚的な見方も素直に相手に伝える。

ストレートだけれど“かわいい”女の子にはそのまま、“かわいい!”と言っちゃうくらい。

だから、こういう私の感想は、“誉め言葉”になるのだろう。

高校生の女の子たちが一様に、「そんなこと、言われたことない!」「自分を誉められたことなんかない」「初めて自分が誉められた!」と言うのだ。

それを聞いて私は、『こんなにかわいい子達なのに、魅力もいっぱい持ってるのに、誉められたことがないの?!』と驚いてしまうのだ。

それは、結局、今の社会に他人を誉める人が少ないからでしょうね。

社会と言ったって、高校生の“社会”は、家庭内と学校くらいだから、つまりは、親にあんまり、もしくはほとんど、誉められたことがないということなんでしょうね。

「自己肯定感」は、自分で自分が認められるか、ということだが、成人ちょっと前のこの頃までに、誉められた経験があまりないという人は、結局そのまま、自信がないまま、大人になっちゃうよ。

そういう、“自信がなくて、自己肯定感が低い”大人を、カラーセラピーの現場ではよく見かけるから、私は憂えます。

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| 心理・五感 | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

「感じる」ことと「考える」こと

このテーマは、今から7年前、産業カウンセラーの講座を受講した際、小論文の課題として出されたテーマだ。

今、今年の講座のお手伝いをしているので、思い出した。

あの頃は、確か、右脳と左脳の話から考察を導いた覚えがある。

今なら、どう考えるだろう。

最近思うのは、「あ、今、私、考えているな」とか、「今は、私、感覚を味わっている」と自覚できるかが、「考える」と「感じる」を自分の中で消化出来ているかどうかなのかも知れない。

受容と共感と自己一致という、カウンセラーの3つの大事な姿勢があるが、初心者のうちは、この姿勢を保つために、職業意識として構えていなければ、なかなか自然には出来ないと思う。

私も当初は職業意識をもって挑んだが、白状すると、私が苦手なのは「共感」である。

「共感」は、「感じる」部分で反応したほうが良いと思うが、私は、「考える」部分でしか反応していないように思うのだ。

私は“思考派”と思う。カウンセリングにおいて得意なことは、話を分かりやすく整理すること。思考をフルに使って行う作業だ。

それも大事なことではあるが、クライアントさんにとって一番求めていることは、“意思”という目には見えないけれど、確かに存在している“自分(の一部分)”も、認めてもらうことである。

肉体だけがあれば“存在している”ということではなく、その人の感情や思考も含めて、存在を認める行為が、私たちの心を安定させることになるのだ。


ほら、こうやって「考える」こと、私、好きなんだねえ。

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| 心理・五感 | 21:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

感覚の違い

先日、シータヒーリングの体験会で、受講生同士ではない、一般の方とのセッションを行った際、感じたことがある。

以前にも職業的勘の話を書いたことがあるが、長年、同じ傾向のセラピーを執り行っていると、やはり、職業的な部分での“勘”というのは鍛えられる。

職業のように、毎日繰り返している状況の中で生じるこの“勘”は、知識を積み、経験を重ね、同じようなパターンに何回も遭遇し、自分なりのデータ分析が出来上がっていると、職業的な“勘”は発揮される。

瞬時に自然と湧き上がってくるものだが、「自分の思考である」という自覚があるひらめきだ。

そして、シータヒーリングの場合、同じくひらめき(直観)を感じることがあるが、これは、“創造主からのメッセージ”であって、自分の思考であってはならない。

この感覚の微妙な違いを、先日の体験会で感じた。

でも、よくぞ気が付いたと思う。かなり微妙な感覚の差だった。

双方の“ひらめき”は、当然ながら自分の脳のどこかで反応しているわけだが、それが「思考」なのか「直観」なのか、自分で見極められなければならない。

感度のアンテナは最大限に活かしながら、クライアントさんの各問題には客観的に反応し、キャッチした“メッセージ”は、主観なく忠実に再現する。

私は、感じながら考える「カラーセラピー」には、高い知的満足度があり、そこが気に入っているが、シータヒーリングは、また別の能力を開花させてくれそうで、これからに期待したい。

シンプルだけれど、難しい。慣れさえすれば、簡単なシータヒーリングにしばらくはまりそうだ。

| 心理・五感 | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

潜在意識に取り組む

今、潜在意識について勉強している。

必要に迫られたからだが、なかなか面白いけれど、難しい。

顕在意識の部分においては、私はカラーセラピーの使い手になったことで、自分の顕在意識は自分でコントロール出来る、と感じている。

従って、「カラーセラピー」は、その人の顕在意識の部分をケアするのであれば、十分な可能性を発揮すると思っている。

しかし、潜在意識に関しては、「カラーセラピー」で十分にコントロール出来るのか、正直に言えば、私は言い切る自信がない。

他のカラーセラピストがどう思っているのかは知らない。

潜在意識の領域もコントロールできる能力がもともとあるカラーセラピストもいるだろうから、私のように感じる必要がない人も存在すると思う。

また、他のスキルを以前から持っていて、加えてカラーセラピーを習得された方なども、自分の持てる能力で対応出来れば、何の心配もいらないだろう。

カラーセラピーは、どこまで可能性があるのだろう。色の力というものは、どの領域で十分に働くことが出来るのだろう、と考える。

顕在意識は潜在意識の入り口だから、カラーセラピーによって顕在意識からいじることで潜在意識がまったく動かないことはない。

でも、潜在意識は、色々な所から集積された意識だから、現世の自分が生きてきた行程からだけでは十分に理解できないものもあると、私は自分自身の体験でそう思うのだ。

そこで、今、潜在意識の勉強をしているわけだ。

勉強の副産物として、自分のセッションにカラーセラピーの他、新しいメニューを加えられそうだ。

いくつになっても学ぶことはある。そして、新たな領域に踏み込む楽しさは、いつも新鮮だ。

| 心理・五感 | 21:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

自分が変わる?

心理学や精神世界などでよく言われていることに、「他人と過去は変えられないけれど、自分と未来は変えられる」というのがある。

全くもって、その通りだ。

しかし、意外と、自分はそのままの自分でいたいけれど、他人のほうが変わってくれればいいのに、と不満たらたらの人も結構いたりする。

なんで、そう思うのだろう。

どう考えたって、自分が変わったほうが話は早いと思うのだけれど。

“あの人のここが嫌い”、“あの人はこういうところが私と合わないのよねえ”

そう思うことは誰しもあること。他人同士で相性の良し悪し、価値観の相違があることは当たり前のことだ。

でも、だからといって、他人のほうが変わればいいのに、とか、他人を変えてしまおう、なんていう考えは、ちょっと違うと思う。

物事をストレスに感じる場合、同じストレッサーでも(刺激が同じでも)、“受け取り方”が個々人で違うから、そこに、あなたが幸せでいられるか、日々苦しいと感じるかの差が出てくる。

じゃあ、単純に、「“受け取り方”を変えなさい」と指導すればいいかというと、それも違う。

この“受け取り方”の構成は、個人のメンタルな要素だけで成り立っているのではなく、親から受け継いだDNAや身体的抵抗力も関係してくる。

だから、一概に、あなたはメンタルが弱いから、と責める対象ではない。

カラーセラピーのような色彩心理を扱う分野では、個々人のパーソナリティを特性論的に解釈してみると、赤や青、黄色、緑、紫、オレンジなどの主要な特質は、誰もが皆持っている要素と考えることが出来る。

そして、その中で、特にどの色の要素をたくさん持っているか、どの色の要素が表に出やすいか、などを考えれば、その人のパーソナリティが見えてくる。

それから、ある場面で、いつもやってしまう“失敗”があれば、それがその人のたくさん持っている特質に関係していないか検証してみれば、“失敗”に対する対処の仕方も分かってくる。

また、対処するにあたって、自分に不足している要素があれば、それを強化するよう、カラーヒーリングを行えばいい。

その人が全く持っていない要素を新たに取り入れようというのではなく、誰でもが、全ての色の要素を少なからずは持っていると考えれば、その部分のパーセンテージを上げるよう努力するということだ。

他人を変える膨大な苦労をするより、自分が変わるようセルフコントロールしたほうが楽だと思うなあ。

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| 心理・五感 | 10:34 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |

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