若い人の「パーソナルカラー」

パーソナルカラー・アナリストの方の必需品といえば、診断用のドレープだが、100枚とか120枚になると結構な嵩(かさ)になって、仕事の予定もないのに毎日持ち歩くわけにはいかない。

それでも、「あの人、似合う色を見てくれるらしいよ」というふうに周囲の認識が高まってくると、「ねえ、私ってどういう色が似合うの?」などと尋ねられることはままある。

尋ねられても、仕事の七つ道具がなければ、なんとも言えない。

そこで、私は、非常にコンパクトにした自作の診断キッドをなるべく持ち歩いている。

パーソナルカラー用とカラーセラピー用を揃えているが、まあ、飲み会などの余興的な感覚で持っている。

先日、若い人(10代後半)の肌色を見る機会があった。髪を染めたいのだが、どんな色がいいのか思案中の様子だったので、ちょっと、簡単に見てみた。(診断と言えるほどのものではないです)

金銀ドレープで肌色の映りを見るだけなのだが、面白いことに気付いた。

その場にいたのは、10代後半、20代なかば、40代後半、50代前半の4人なのだが、金銀ドレープだけでも、中年二人は、明らかに似合わない色がはっきりするのに対して、若い人は、遜色があまりないので似合うか似合わないかが分かり難いのだ。

そりゃそうなのよね。

若い人は、トラブル(シミとかシワとか)のほとんどないきれいな肌を持っているから、元々の持ち点が高い。

だから、恐らく似合い難いだろうと思われる色をあてがっても、それほどダメージがない。

それに比べ、中年の肌は、シミ・シワ・くすみ、なんでも来てますから、ここで似合い難いだろうと思われる色をあてがったら、ダメージも辛いものがあるのだ。

やはり、若い人向けには、金銀ドレープだけではなく、テストカラーくらいは持ってないと、言いきる診断には無理がある。

まあ、若いうちは似合わない色によるマイナスが小さいので、似合う似合わないに関係なく、色々な色を試してみるのが一番だ。

そして、色々な色を試す中で、自分の目を養うこと。これが大事だ。

似合わない色を気にするのは、お肌のカドを感じ始めてからでいいんじゃないの。

というか、お肌のカドを感じたら、もうパーソナルカラーの診断は受けるべきだね。坂道下るのは早いからね(笑)。

| パーソナルカラー | 22:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |

ここ最近の「反応する色」

ちょっと、色鉛筆で、今の自分が“反応する”色を調べてみた。

色鉛筆を一色ずつ、左手に乗せて、各色毎にどう感じるかを確かめてみるやり方だ。

そうすると、今日、自分が反応した色は、無彩色の3色(白・黒・グレイ)と赤と緑、インディゴとピンクだった。

へー、そうなんだ。

無彩色が入るのは分かっていた。

ここのところ、頭の中が混沌として、“スッキリ”という快感が得られていない日々を送っていたからね。

風邪をひいて、まだ薬を飲んでいるというのも、影響しているかも知れない。

それを裏付けるように、赤と緑に反応したというのも納得だな。

補色の関係の2色だが、たぶんに、「肉体」との関係を説いていることがある。

そして、ピンクとインディゴかあ。

ピンクは、ここ最近に限らず、他力本願的な自分を感じることが多々あるので、それでしょう。

インディゴも、このところの混沌とした気分なら、自己内省モードに入っていることの証でもあろう。

面白いな、と思うのは、やっぱり今日は、今日反応した色のほうが、自分にしっくりくる感じがあること。

いつもなら、たいてい興味を示す黄色やオレンジ、黄緑などが、今日は浮ついた感じに見えて、手に取りたいとは思わないこと。

今日のヒーリングカラーは、無彩色と赤、緑、ピンク、インディゴだな。やっぱり。

自分が欲するものに敏感になると、自ずと自分をサポートしてくれるものが何か、それもわかってくる。

自分をいたわるとは、そういうこと。

| 色の小話 | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |

…の力

朝の連続ドラマ、見ています?

今日、介護士と保育士の友人たちと話した話題です。

御歳88才のファッションデザイナーの糸子さんが、病院でファッションショーを開催することになり、看護師長と話す内容で、「医療にも力がある。服にも力がある。」というのがありました。

人を元気にする力、人の笑顔を引き出す力、そういったもののことを言っているのですが、今日の放送は、ショーが開催されたシーンでした。

モデルは患者さんや看護師さんたち。あつらえた服を着て、生き生きと堂々とキャットウォークを歩いていく。

そして、モデルさんも観客も、笑顔笑顔で大盛況。

介護士の友人は、介護を必要とする高齢者の施設で働いていますが、高齢者が元気を出すのは医療だけではないことを現場で見ており、今日の放送はいたく共感したそうです。

メイクやアロマトリートメントなど、人から施してもらって、高齢者の方の表情がふっと柔らかくなったり、嬉しそうな表情を見せたり、心が喜んでいるのが分かりますよね。

カラーコーディネーターの私たちは、「色の力」を知っていますが、それが万能でないことも知っています。

世の中には、数えきれないほどいろんなヒーリングがあり、それぞれがそれなりの効果をあげています。

自分が関わっているものを、“これしかない”と妄信するのではなく、一つの方法として捉え、他にも可能性を広げてくれるものがあれば、寛容に受け入れていく、そんなスタンスでいたいと思う。

| 心理・五感 | 23:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |

「頭」と「心」を使う

最近、ちょっと考えてしまったことがある。

人は、物事を知るためには、「頭」を使ったほうがいいのか、「心」を使ったほうがいいのか。

カウンセリングの場でよく言われる、「受容」と「共感」というのがあるが、クライアントさんの話を聴いていく際に、「頭」で理解しようとするのと、「心」で感じようとするのは、どちらが優先されるのだろう。

答は、どっちも必要なんだろうな。

事柄を把握していくには、やはり「頭」を使って理解していく。

そして、それによって、クライアントさんがどのように感じたのかという部分は、こちらも「心」で感じ取れるといいのだろうな。

だけれど、言語(左脳)を使っている時に、同時に右脳も活性化させているということなんて、人は出来るのだろうか。

私は左脳派なので、“感じたい”時は、感じることに意識を向けないと取りこぼしてしまう時がある。

難しいよね。ましてや、クライアントさんに生じた感情が、自分は体験したことがない事柄によるものであったら、もう、想像力を駆使するしかないよね。

人を理解するって、今さらながら、難しいなあ、と思う。

自分の心の構造ですら、何層にも構築されていて複雑な迷路みたいに感じることがある。

それが他人のこととなると、なおさら分からないわけで、浅くしかすくえない自分の力不足に、情けなさや無力感を感じてしまう。

私って、何だろう。(仕事上の)私の存在の意味はあるのだろうか。

なんてね。おっと、これは、悩みの迷宮に入りかけているぞ。

無理をする必要はないけれど、自分を芯に据え直して、前を見て!今手元にあるものからこなしていく。

結局、一歩一歩、なんだよなあ。

| 心理・五感 | 00:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |

グレーの空を塗り替えよう

こちらのコラムがご無沙汰になってしまった。

もう一つ、アメブロのブログを書いているので、双方のネタを振り分けて集めるのが結構めんどうでね(苦笑)。


さて、早いもので、来月には新年度を迎えるわけで、色々と忙しくしている方も多いだろう。

新しい節目を迎えるのは気持ちのいいものだ。というか、気持ち良く迎えたいものだ。

この1、2月の寒さと3月の長雨で、なんか気分も沈みがちで、スッキリしたい!という願望がむくむく芽生えているこの頃だ。

曇りや雨の日は、私たちの上空を占める空の色は「グレー」である。

「グレー」は、色彩心理面でもやはり“スッキリしない”感情を示す色である。

プライマリーアソシエーションから考えても、「煙の色、灰の色、泥の色」など、煙がかかってよく見えなかったり、燃え尽きてしまった残りカスで希望を感じ難い感覚だったり、べちゃべちゃした感触のあまり気持ちのいいものではない感覚だったり、ポジティブ要素を探し難い色だ。

また、白と黒の中間の色で、究極の「白・黒」に比べて、これまたはっきりしない「グレー」、どっちつかずで曖昧な答で濁すような、責任回避カラーでもある。

そんな「グレー」が、見上げる空一面を占めているここ最近の光景なのだから、私たちの気分がスッキリしないのも無理はない。

これを打開するには、やはり“色”作戦。紙と色鉛筆を用意しよう。

この場合、つい最近で感情が乱れるようなことが特になければ、カラーヒーリングにおける「吐き出し」の工程は省いて、「再生効果」を狙った色塗りから始めていいと思う。

まず、理想とか希望とかを観点に、未来像をイメージしてみる。願望が具体的にある人は、そのイメージをもっと膨らませてもいい。

そして、そのイメージを表すのに自分でこれがふさわしいと思う色を、多色の色材から好きに選び、紙に好きなように色を落としてみる。

形も好きなように。丸でも渦巻きでも、ハート型でも花丸でもいい。画面を占めるようにただ塗るだけでもいい。

塗っているうちに、さらにイメージが湧いてきたり、「こういうふうに塗りたい!」と感じたものもどんどん塗っていこう。

紙が足りなくなったら、新しいのに描き足していい。時間(作業)の経過によって、気分も変わってくるし、新たに発見した自分の思いなどもあるだろうからね。

要するに、気が済むまで“塗る”ということだ。

そうすると、だんだん落ち着いてきて、何か気分がスッキリしているのに気が付くだろう。

そうそう、体を動かすのも大事だから、ポーズをとったり踊りを入れながら(?)、塗ってみてもいいよ。


さて、天気のほうも、そろそろスッキリしてくれーい。

| カラーセラピー | 14:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |

ぬり絵をしてみる

先日、久々に「ぬり絵」をしてみた。

色を塗るにあたって最初は色々考えるが、塗り始めると、案外無心になって塗っているものである。

気分がいいと、鼻歌など歌いながら、色塗りをやっていたりする。

絵を描く時もそうだが、どの色を選択するのが正しい、なんてことはない。

好きに自由に描けばいい。

先日の「ぬり絵」のお題は、「冷たい」とか「温かい」とか、「健やか」や「かゆみ」、「だるい」といったものを感じたままに色を塗ることで表現することだった。

「冷たい」というのは、やはり青系の色を中心に塗った。でも、なんかそれだけでは満足しなくて、一色赤系の色も加えてみた。

「冷たい」というフレーズに、一抹の救いのようなものが欲しかったからだ。

「温かい」は、今回はピンク系で塗りたかった。それにハート型まで描いてしまった。

なにかこの温かさは、心の温かさというか、心が温めてくれるような感じのものにしたかった。

「かゆみ」は、赤系の色でぐるぐる渦巻きを描いた。なんかかゆいとイライラしません?そんな感じ。

「だるい」は、どよーんとした色を選択して、どよーんとした感じのしずくを描いた。

「健やか」は、若葉のイメージで、黄緑や緑を中心にしてみた。

どれも、私のイメージと今の具合が表れている。ほほう、なるほどね。

やっているうちに、面白くなってきた。

ぬり絵は、単純だけれど、ちょっとした解放感が味わえるツールだね。

| 色の小話 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |

ヒーリングカラーの選色・提案

カラーセラピーを勉強しているとか、仕事にしているとか、そういう情報が相手に入ると、

「ねえ、ねえ、私のこんな気分の時には何色がいいの?」

と、ヒーリング効果のある色を教えて欲しいと求められることがあるだろう。

こんな時、簡単に答えてあげたいけれど、実のところ、ヒーリングカラーの選色は簡単ではない。

本当に、ただ一人のその人に向けてのヒーリングカラーを選び出すのなら、その当事者の情報を出来るだけ集めて、総合的かつ分析的に判断を下すことになる。

カラーセラピーにおけるヒーリングカラーの選色は、情報不足では、おおざっぱな一般論として答えるしか道がない。

一人ひとり違う人間だから、考えれば当然のことだが、その人に本当に合う“癒し色”は、一般論を越えた先にある、“唯一”のものだろう。

一般的に伝えられる「癒し色」と、その人に向けてカラーセラピストから提案された「癒し色」の違いを、私は、ドラッグストアで買える「一般薬」と、医者が診断したのちに書く「処方箋」との違い、というふうに説明している。

つまり、市販の一般薬は、とりあえず誰にでも適応出来るが、もしかしたらあなたの事情には合わないかも知れない。

そして、処方箋のほうは、様々な個人的な事情を鑑みて今のあなたにベストな癒し色の提案であり、症状が似ているからと言って、誰にでも当てはまる癒し色ではない。

カラーセラピストが介在したほうが、より具体的で適切なヒーリングカラーになるわけだ。

さて、そこで、先の問題だが、誰かからその人のヒーリングカラーを尋ねられたら、

「一般論でいい?」と了解を得てから答えるか、

親身になりたければ出来るだけたくさんの情報を開示していただいて取り組むか、ということになるだろう。

いずれにしても、あなたがカラーセラピストなら、テキストにある一般論的な“色彩心理”は理解した上で、目の前にいるクライアントさんの事情もよく理解して、そして、適切で的確なヒーリングカラーの選色・提案が出来ると最高だね!

| カラーセラピー | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |

色で伝える

そういえば、今年は、バレンタイン向けのネタを書いていなかったな。

あと3日ほどで、バレンタインデーか。デパートなどの特設チョコ売り場は、すごく混んでいるらしいね。

やっぱりこの日は、女性にとって一つのチャンスだから、ぜひ、頑張ってもらいたい。

そして、相手に贈るものは、何を選ぶのか、どういう思いを込めるのか、渡し方の演出は…など、色々考えるのは大変だろうが、とても楽しいことだろう。

ここでも色は、関わってくる。

まずは、どういう思いを込めたいのか、そこを明確にすること。

例えば、自分の中の熱い想いを十分に伝えたいなら、何色と思う?

これは簡単だね。そうです、「赤」です。

「赤」にこだわったラッピングを工夫してみよう。

そして、渡し方も、照れてふざけたりしないで、真剣に(でも、暑苦しくなく)、「好きです」の言葉と共に渡してみよう。

さて、片思いの女性が、相手の気持ちを知るために、バレンタインデーを利用するというパターンもあるだろう。

当たって砕けてもいい、という方は、ラッピングに「赤」や「ピンク」でも全然構わない。この色は、情熱における本気度の高い色だから、自分が本気だということが相手にわかってしまう。

その上で、断られたら格好が悪いと懸念するなら、「赤」や「ピンク」はやめて、「オレンジ」などどうですか?

ちょっと、仲間的な親近感の色で、“友情チョコ”と言い張れないこともない。仮に断られたとしても、「友達としてよろしくね」とつないでおける。

本当に“友達チョコ”なら、「緑」のラッピングあたりが想いのほどが重くも軽くもなく手ごろだ。

ところで、「紫」のラッピングは、個性的で大人っぽい。おしゃれな彼なら彼のセンスに合わせたいところだ。

それから、おしゃれな人は、こだわりもプライドもあるから、品物選びは慎重に。ラッピングも凝ったものにすることをお薦めする。もちろん、色は「紫」でね。

| 色の小話 | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |

「好き」と「自由」と「癒し」

クライアントさんにカラーセラピーを行っていて、時々、こんなことがある。

まず、カラフルな複数のボトルの中から、自分の好きな色や、今、自分の心にピタッとくるような色を選んでもらう最初の段階で、このように言われる。

「色が選べません」とか、
「どういう色を選んだら良いですか?」とか、
「好きな色って、どういうことですか?」などと、訊かれることがある。

「色が選べない」というのは、様々な理由がある。ボトルがたくさんあって迷う。自分の好きな色が分からない。自分で選ぶ自信がない、などなど。

「どういう色を選んだら…」は、なんでも物事の正解を外したくない、というあたりの心理が働いていると思われる。色を選ぶのに“良い悪い”なんてないけれどね。

「好きな色って、どういう…」は、“好きな色”とは、普段よく使っている色のことなのか、とか、何か特別な思い入れがあるもののことなのか、とか、すごく難しく捉えている場合もある。

いずれにしても、「好きな色を選ぶ」というのは、こんなに考え込むことではない。

頭を使わず、心で選ぶ作業なんだけれど、どうも、これが難しく感じる人がいるようだ。

“好きな”って、素晴らしく寛容で純粋でまっすぐな感覚ではないだろうか。

「好きなものを選んでいいよ」というのは、“心を自由にしていいよ”ということで、このチャンスにめぐり合えると、私などは嬉しくてわくわくしてしまう。

「心を自由に出来る」とは、本来は誰にでもある権利だが、社会に出て背負っているものが多くなれば、そうもいかなくなってしまう人もいる。

それに、子供の頃は無邪気に好きなものを選べたのが、だんだん“好きなもの”に対する感度が鈍ってくる。

大人になるとはそうしたものだとすれば、それは、悲しいことではないか。

心を自由に出来る場は、あなたの“癒し空間”である。その心地よい癒しを自分に授けてみませんか。

| 色の小話 | 21:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |

「黒」からの脱却

朝のTV番組を見ていたら、40代、50代の女性は、着る洋服の色が、ほとんど「黒」らしい。

インタビューでもやっぱり出ましたこの発言、「黒は無難だから…」。んもう、だから違うって!

それから、きれいな色ものの洋服については、「どこに着ていったらいいのか、わからない」。だって。

そんなものなのかなあ。

巷では、アラフォー女性が注目されていて、美魔女なる言葉も彼女たちへの賛辞だと思っていたが、それもごく一部の女性のことなのか。

また、パーソナルカラーのお客様を見ていても、50代の女性が一番元気がいいように感じていたので、とても“無難”で収まるような年代ではないと思っていたが、これも一部の人の話なのか。

ワードローブの中が、ほとんど黒い洋服でうめ尽くされているのは、残念だ。

なぜ、そうなるのだろう。

「黒」の表出が多いからといって、別に、病んでいる訳ではない。

彼女たちにとっては、隣組やPTAなどの自分の生活エリア内で、みんなも着ている「黒」であれば、自分が突出しなくて済む隠れ蓑カラーの役割が、「黒」にはあるのだろう。

だけどね、「黒」は、気分がちっとも盛り上がれない色でしょ。心理的に「黒」が必要でもないのに、身に着ける色が「黒」ばかりだと、自ずと閉鎖的な自分になっちゃうよ。

せっかくたくさんの色が世界に溢れているのに、それに気付かず、自分の感性のふり幅を狭めるようなことをするのは、ああ、もったいない。

「黒」以外で、選んだ色が自分に似合っていれば、決して派手な印象にはならない。

(反対に、似合っていない色だと、「派手!」と感じさせてしまいます)

要するに、似合っていないと“色が浮く”感じで見えて、似合っているとその人に“馴染んでいる”“素敵に見える”印象を残す。

だから、パーソナルカラーの理論で色選びが出来れば、何も“無難”で終わらせる必要はないよね。

楽しもうね、自分のための色選びを。

| 色の小話 | 23:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |

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