「似合う」と「似合わない」と「心地良い」

パーソナルカラーの診断を受けたり、アドバイスをもらったりしたことがある方から、たまに耳にすることなのだが、

「私は□□タイプで、○○色は着て良いけれど、△△色は着ちゃいけないんでしょ?だから、診断以来、△△色は一切着なくなりました!」

これ、何か、引っかかるものが私にはある。

それは、確かに、逆立ちしても似合わない色があるのは事実で、その色を避けるのは賢明なことだ。

私が引っかかったのは、先の発言の根底に、パーソナルカラーを「良い・悪い」で判断していそうな雰囲気が、感じられたからだ。

似合う・似合わないで診断されて提示される色については、似合う色を着ることが良いことで、似合わない色を着ることは悪いこと、では当然ない。

似合わなくても着たければ、着ればいい。別に悪いことは何もない。

どうしても、その色が必要になる心理的な状態もあると思う。

私たちは、いつでも自由に選択できる権利が一人ひとりにあって、アナリストがこう言ったからといって、従わなければならないことなんて何一つない。

パーソナルカラーの診断で知っていて欲しいのは、仮に△△色が似合いにくいとしても、着たければ着ればいいということ。ただ、“この色は、私には合わせるのが難しい色だったよなあ”と知っていることが大事だ。

絶対ここは外せない!という勝負時は、自分が一番映える色を着たほうがいいし、普通の時はお好みで、似合う色でも合わせるのが難しい色でも、着たい色を自由に選択すればいい。

ちなみに、もし、似合いにくいと言われた色でも着てみたい!と思ったら、スカーフやマフラーなどで、顔のすぐそばに来る色を調整する。顔・首と接しているトップスの色を、スカーフをはさむことで色を分断するのだ。

スカートやパンツなどのボトムスの色は、もともと顔からは離れているので、そう神経質になることはない。

身に着けるものは、似合うことも大事だが、自分が心地よくなる選択が一番大事なことだ。

| パーソナルカラー | 18:02 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |

友人とお買い物

今日は、友人の買い物に付き合った。

実は、洋服やアクセサリーなど、人の買い物に付き合うのは、私にとっては楽しい。

もともと、ショッピングは好きだが、私のパーソナルカラーの講釈を以前聞いた友人に、お買い物でアドバイスさせてもらえるのは、自分以外に二重に楽しめるというものだ。

さて、今日の友人のパーソナルカラー・タイプは、イエローベースのオータムタイプ。

少しくすみ加減の濃い色で、印象としては深みがある色が特徴だ。

彼女への診断は、別の友人の家で、その友人の服をドレープ代わりに顔のそばに当てて診断したので、似合う色傾向の詳細分析や、ベストカラーの傾向までは診断していないが、友人はオータムの典型タイプから、そう離れてはいないだろうと思われる。

お店は、安くて色々な色が手に入る、みんなのユニクロだ。

友人はパーカーを所望していたので、そのコーナーに行ったが、まず、私が目を付けたのは、この近くにあったセールのワゴンから引っ張り出した、フェイクファーの襟巻きだった。

オリーブグリーン系のミックスカラーで、これは本当に似合っていた。1290円だしね。友人にはお買い得でしたよ。試着してあったかいと言っていたので、機能性もOKだろう。

それで、最初の希望のパーカーだが、私が見る限り、色揃えはそう多くはなく、まあ、無難なところで紺色とベージュだったかな。

続いて、セーターコーナーに行ったが、こちらは今シーズン、オータムタイプにシフトしているような色揃えで、サマータイプの私としては友人がうらやましい限りだった。

まず、目に付いたくすんだオレンジ系の色をお薦めした。友人にしてみれば赤やオレンジ系の色など、今まで着たことはなかったのだろう、多少の戸惑いが見えたが、あっさり購入することに。

でも、ホント、きれいな色だったよ。友人が身に着けているところを早く見てみたいな。

そして、セーターコーナーでは、合計3着お買い上げ。イエロー系とグリーン系も購入した。

このイエロー系は銀杏の葉の色に深みが増した感じの色で、オータムの人の顔色が明るくなる色だ。

オータムタイプは顔色が明るくなる色が少ないので、1着持っていても良い色だろう。

そして、今日のグリーン系は、ちょっと冒険カラーだと思ったが、青が着にくいオータムタイプにお薦めするなら、青緑系で少し暗い色になるので、顔立ちを引き締める効果を狙って、1着お薦めした。

あと、友人の希望で桃色っぽいピンクのカーディガンも足して、お会計は合計1万円ちょっと。やっぱり安いねえ。でも、友人のワードローブの色揃えは充実したと思うよ。

着たことがない色の服でも、パーソナルカラーの裏づけがあって挑戦してみるのは、ワクワクすることじゃないかな。私も楽しかったです。

| パーソナルカラー | 23:18 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |

魅惑のマゼンタ

コラムを書いていると、どうしても色彩心理における主要6色(赤・オレンジ・黄・緑・青・紫)の話ばかりになってしまうので、今日はターシャリー・カラーのマゼンタについて書いてみよう。

「マゼンタ」は、「紫」よりもカリスマ性が高い。「マゼンタ」のほうが、精神性がより高く位置づけられているからだろう。

精神性が増すと、目に見えない部分が増えていくわけで、人は、見えないものが多いほうに神秘性を感じる。

「マゼンタ」は、博愛カラーである。慈悲の心に富んだ「マゼンタ」は、広く愛する、深く愛することを得意とする。

献身的で、自分を犠牲にしても、相手に尽くしたいと思ってしまうところは、良いところであり、泣きどころでもある。

信じる相手が間違っていなければ、永遠の愛に満ちた人生を送ることも可能であろうが、取り違えると、本当に犠牲で終わってしまう。

また、別の側面では、“カリスマ性”にも通じるところだが、山のトップから下を見渡すことのほうが自然に感じるから、人の上に立つ人物になりやすい。

これも、やり方を間違えなければ、惹きつけられた取り巻きたちを上手にあしらえるが、どこかで反感をかってしまうと、反逆因子に噛まれることもなくはない。

実りを収穫するのも上手い。これは、先に種まきと下地作りをしっかりしていたからだが、先行投資の才がある。その点は、勘が良いことが幸いする。

あ、一つ気が付いた。

「マゼンタ」も、「ヴァイオレット」同様、他人からは分かり難い部分がある。

「ヴァイオレット」の場合は、自分の頭の中を明らかにしないので分かり難いのだが、「マゼンタ」の場合は、山の裾野にいる人たちからは山のトップにいる「マゼンタ」が見えにくいので、“この人は分かり難い”と感じるのだな。

そして、「ヴァイオレット」の場合は、自分が他人からは分かり難いと思われていることに理解されない苦しさを感じるが、「マゼンタ」の場合は、分かる人だけ分かれば良いと、鷹揚に構えている。

こうして見ていくと、「マゼンタ」も面白い色だな。

実は、「マゼンタ」のことを下から見上げて、“分かり難い”と思っている一人が私なのだ。

「マゼンタ」のことももっと知って、私も鷹揚に構えていられるようになりたいものだ。

| 色の小話 | 22:50 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |

深遠なヴァイオレット

ヴァイオレットという色の歴史を見てみると、英語でこの色の名前が使用され始めたのは、1370年代からだそうだ。

日本語では「菫色(すみれいろ)」ということになるが、平安時代には存在していた名前の割りには、よく知られるようになったのは、近代になってからだそう。(参考:色の名前辞典/福田邦夫氏)

古来は、この紫色を作るのは、なかなかに大変なことで、西洋・東洋ともに天然染料で染め上げるのは、手間とお金がかかった。

そこで、この「紫」は、位の高い人しか身に着けることが出来なかった特別な色として存在した歴史がある。

そんな背景がある「紫」だ。この色を好む人も、“特別”なものを求める傾向がある。

「紫」の色を好む人の性格的気質は、定番品より一点もの、平凡より非凡、大多数より少数派(自分一人でもよい)を好む。

また、本人にその気がなくても、特別な人として見られやすく、カリスマ性を発揮する人もいる。プライドも高い。

それと、もう一つの特徴が、思考力の豊富さである。

頭の中で考えられていることは、壮大な夢だったり理想だったり。実現すれば素晴らしい地球になっていることだろう、というくらいのグローバルなプランだ。

しかし、「紫」の特徴は、頭の中だけに終始し、そのプランを実行するための、実際に動く人がいない。もちろん、紫自身は動かない。

だから、「紫」の考えていることは、なかなか表面化しないし、だいたい頭で考えていることなど、他人の目には見えないのだから、どうしても、“分かり難い人”となってしまう。

こんな「紫色」を嫌いと答える人は、考え事が面倒くさいと思っていたり、自分を深く見つめることに慣れていなかったり、スカッとしないと嫌とか、分かり難いものにイラつきを覚える人でもあろう。

上手に他人とコミュニケーションを取っていくことが課題の「紫」だが、親身になってくれる人でもあるので、「紫」は実は良い人なのだ。

| 色の小話 | 15:13 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |

クールさが魅力の一つ「ブルー」

世界中で、“嫌い”と言う人がもっとも少ない色が、「ブルー」だそうだ。

太陽の赤と海の青は国旗にもよく使われる色だが、水が豊富な地球のイメージカラーが「ブルー」だから、私たちにとっては、拒否する理由がない色なのだろう。

さて、そんな「ブルー」を人の心理として観ていくと、ブルーの気質は、「落ち着いていて、基本まじめ」である。

規律とか規則とか、守るのが好きで、というか、義務感があるほうが安心するんでしょうね。

「〜しなくちゃ!」というフレーズが呪文のようによく出てくる。

水のように柔軟性があるかと思えば、氷のように頑固なこともある。

クールなところが格好良くもあるが、クールさが冷たい人に感じる場合もある。情熱が伝わり難い人なのだ。

そんな「ブルー」だが、この色が“嫌い”、と言う人も中にはいるだろう。

「ブルー」を嫌いな人には、四角四面で生真面目な様子が受け入れがたいと感じている人などもいる。

学校の制服は青系の色が多いが、紺色(青+黒)は、まさに規則ががっちりした色である。

この規則に反発を感じて、学校帰りは即私服に着替えるとか、逆に、学生が立ち寄ってはいけない所にあえて制服で行くなど、若い彼らのレジスタンスでもあろう。

ちなみに、あの地味な学生の制服は、豊かな発想力や創意工夫の力を育む色ではない。

真面目で規律正しい子を増産するのに向いている色だ。


そういえば、なでしこジャパンのユニフォームや男子の“侍ブルー”も、「ブルー」だね。

外国チームとは体格や体力では負けるのを承知しているのだろう。

「ブルー」は、頭脳戦の色である。緻密な計算が効を奏する。

それと、持久力と技巧力も、「ブルー」は期待出来る色だ。

| 色の小話 | 10:44 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |

絶妙のバランス感覚、グリーン

絵の具でイエローとブルーを混色すると、グリーンの色が作れる。

イエローは左脳が優勢、ブルーは右脳が優勢、とオーラライトなどのカラーセラピーの解釈では言われている。

混色で出来るグリーンは、左脳的な部分と右脳的な部分のバランスが良いとされる。

つまり、物事を判断する時など、極端に理屈っぽかったり(左脳的)、極端に感情的だったり(右脳的)、ということがないのがグリーンである。

バランスが取れているというのは、良し悪しがある。良いほうは想像がつくと思うが、悪いほうは、どっちつかずで、結局、優柔不断に陥りやすい。

平均点を取るのが得意なわけで、斬新さに欠けるし、オリジナルのアイディアというものがないに等しい。

でも、そんな“悪し”のほうを差し引いても余りある、素晴らしい“良し”の部分が、グリーンにはたくさんある。

調和が取れた環境を作るのが得意で、集団行動にもすんなり馴染む。

好き嫌いは当然あるが、誰とでもそれなりに上手く付き合っていける。

我が強くないので、人と衝突することなど皆無だ。

誰からも好かれる。というか、グリーンさんを「嫌い」と言う人がほとんどいない。

そう、グリーンの色も、嫌いという人が少ない。

(たまに、カエルが嫌いで、グリーンは雨蛙の色だからイヤという人はいるが…。これは例外です)

もし、グリーンの色が嫌い(鮮明な緑の場合です。くすんだ緑などは、くすみのほうに嫌いな理由があるのかも知れません)という人がいれば、はっきりしない物事にイラつきやすいとか、自我を出せない環境はイヤとか、こういったところがあるかもね。

緑の連想物といえば、世界中でほとんどの人が「植物・草木」を示すだろう。

自然に中でも、海(青)と太陽(赤・オレンジ・黄)と同じくらい存在感がある、植物の緑。

私たちは、この緑のおかげで酸素をもらい、癒される。

色彩心理としては、押し並べて万人に合う色なので、生活の中の“緑”の補給は欠かせないね。

観葉植物や切り花など、生活空間にちょっとあれば、気持ちも潤うこと請け合いだ。

| 色の小話 | 16:55 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |

嫌われイエロー?

カラーセラピストの養成講座を行っていると、イエローの色の意味合いをあまり肯定的に捉えない生徒さんも結構いる。

それは、色の意味合いを解釈する生徒さん自身が、イエローの「自分が中心、そして自己中」という側面ばかりを拾い取ってしまうことから生じるようだ。

イエローは、自分を尊重して、自分が作り出す自分の人生を、ちゃんと自分の中心に据えることが出来る人、ということで、ネガティブな要素ではないはずだ。

たぶん、日本人の癖のようなものと思うが、平等意識が高じて、“みんな一緒、みんな同じで安心ね”というプロパガンダのようなものを良しとする集合意識からは、イエローは遠く離れた存在に感じるからだろう。

そもそも、自分の人生なんだから、自分が中心で何が悪い、と私などは思ってしまうが、大多数を占める観念が一般的な意思になるのが社会だから、少数派は仕方がないか。

さて、イエローの心理的な要素は他にもある。

「明るい」というのも特徴。「左脳系で頭の回転が早い」、「弁が立つ」、「理屈っぽいけれど、物事の割り切り方は見事」、「意外と子供っぽい」、「天真爛漫、自由人」…etc

まあ、イエローは協調性はないから、集団行動は苦手だもんね。やっぱり、典型的日本人気質の人とは難しいかなあ。

そんなイエローの色を“嫌い”という方は、目立つこと、派手なことが苦手。特定の個人から振り回されるのが嫌い。理屈より情緒的なほうを尊重する。割り切ってしまうことが良いこととは思わない。…などなど。

おとなしい人に“イエローは苦手”という人が多いような気がするけれど、紫同様、好き嫌いが分かれる色ではありますね。

ちなみに、私は、イエローの色が好きだ。

パーソナルカラーがブルーベースでオレンジ色が似合わないから、派手明るい色が欲しい時、オレンジの代わりにイエローを取り入れたりする。

どの色も、“必要ない”ということはない。バランスよく持ち合わせていることが大事である。

| 色の小話 | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |

オレンジはお好き?

オレンジの色に、あなたはどのような印象を感じますか?

というアンケートを取ってみると、「心地良い感じ」とか、「癒し色」というような答も少なくない。

よく、カラーセラピーのテキストや本の解説には、オレンジは、明るい(人)、楽しい(人)、社交的、交流、人脈が広い、などなどが出てくる。

これは、オレンジの象徴的な一面で、人を喜ばせるのが好きで振る舞うオレンジの言動は、ポジティブ・シンキングで周りを明るくしてくれる。

そういったところからも、オレンジが「心地良い」「癒し色」などと表現されるのかも知れない。

また、他の理由としては、オレンジは、レッドとイエローの混色なので、赤ほど熱くなり過ぎることはなく、黄色ほど明るくなり過ぎることもない。つまり、適度な温度と照度なのが「オレンジ」というわけだ。

このような環境を、人は心地良いと感じ、癒されると思うのだ。

この「オレンジ」を好きな人は、社交的で友人知人が多く、賑やかなことやイベントが好き。

では、「オレンジ」が嫌いな人は?

賑やかなことや賑やかな人が嫌いだったり、状況を表すところでは人間関係で疲れている時ということも考えられる。

この“人間関係で疲れている”というのは、ある特定の人との関係を指すものではなく、関わる人間が山のようで、そのごちゃごちゃした関係が堪らん!という感じだ。

有り得るシチュエーションとしては、結婚によって親戚付き合いする人が倍に増えて、ちょっと参っている、とかね。

同じように、集合住宅の社宅や、密着した地域に新しく入ることになり、みんなが親切だけれどお節介で、それが結構ストレスになっている、とかね。

ディープにネガティブだと、社会における人との関わりを否定することにもなるから、クライアントさんが嫌悪する色というのも、情報は正しく取りたい。

「嫌いな色」も色々な情報をもたらす。リーディングは多角的に取り入れたい。
| 色の小話 | 14:49 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |

好きな色と嫌いな色

今日は、「嫌いな色」に焦点をあててみる。

カラーセラピーなどでは、「好きな色」を選ばせて、心理を紐解いていくことが多い。

「好きな色」=“心惹かれる色”として選んでもらうのだが、言葉にはし難い心うちでも、色に投影してもらって解釈をしていく。

では、「嫌いな色」の場合は、“今、欲しくない色”ということだが、触手を動かされない色というより、“自分に受け入れたくない色”という嫌悪の感覚で選んでもらうほうがいいかと思う。

「嫌悪感のある色」の意味合いを考えようと思ったら、まず、その色の「好ましい感覚を感じる」場合の意味合いをよく考えてみることだ。

そして、「嫌い」の場合は、その意味合いを“欲しくない”ほうにひっくり返せばいい。

つまり、“受け入れたい”ではなく、“受け入れたくない”というほうで解釈すればいいのだ。

具体的には、例えば、「赤」が嫌いな人は、次のようになる。

元々の「赤が好き」な時の意味合いが、「行動力、実行力がある。体育会系で、他をぐいぐい引っ張っていく迫力がある。多少強引、でも頼れる。」などなど、(まあ挙げ出したらきりがないが、)そう言ったところがあるが、「赤が嫌い」な場合は、上記のような人が嫌い、とか、上記のような人が起こす状況がイヤ、とか、または苦手、とか、「赤」を否定している感じだ。

この「嫌いな色」からも、クライアントさんを理解していくための様々なヒントを出してくれることになるから、見逃さないほうがいい。

ただ、個人的な事情があって、ある色を“嫌悪”している場合もある。

これは、「好きな色」の場合でも一緒だが、ある色に対して個人的な事情がある場合は、その人にとっての意味合いがあるはずなので、そこを考慮することだ。

いずれにしても、カラーセラピーなどでのカラーリーディングはマン・ツー・マンの対応になるから、その人を見て、話を聴いていく、話をしていく、ということだ。

| カラーセラピー | 10:44 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |

本当は自由な感情

「好き&嫌い」という感情を自分に対して、自由にさせていますか?

私たちは、個別の生き物だから、個人個人に「好き&嫌い」という感情があって当然だ。

あるものに対する「好き&嫌い」の意見が、AさんとBさんで食い違って構わない、ということだ。

しかし、私たちの傾向として、「好き=良い」「嫌い=悪い」という判断の仕方をすることもある。

これは、正しいことなのか。

例えば、道徳的に美しいことを好きな人は良い人で、それを嫌う人は悪い人、という判断の下し方をするようなことだ。

これは、人それぞれの価値観の範疇だろう。だから、このような考え方(判断の下し方)をする人も存在するし、存在することが事実なだけで、良いも悪いもない、ということだ。

ということは、その反対の考え方や、その時々で判断が変わる人が存在しても、これも存在の事実だけだ。

でも、カラーセラピーなどのカウンセリングに近いことを行っていると、気持ちが優しい人は、人の判断基準に合わせてしまう人も多数いる。

原点に戻せば、物事に対する「好き&嫌い」は、もともと「良い&悪い」と同じカテゴリーではない。

それに、「好き&嫌い」と「良い&悪い」のそのどちらも、個人個人で自由に感じて良いもののはずだ。

「好き」はともかく、「嫌い」を表明することをためらう人も多い。これは、表明の仕方によっては、誰かを傷つけてしまうこともあるからだろう。

しかし、「嫌い」を表明するかしないかは別にして、「嫌い」と感じている自分の事実は受け入れてよいのだ。

“自由に感じる”という権利は誰にでもある。

しかし、社会に出ると簡単にそうもいかないこともあるだろう。

だから、せめて自分の心の中だけは、自分の感情を自由に遊ばせたいと思う。

| 心理・五感 | 16:24 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |

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